透明人間
種の保存をしなければいけないらしい。
「LGBT理解増進法」の会合の中で、
「道徳的にLGBTは認められない」
「人間は生物学上、種の保存をしなければならず、LGBTはそれに背くもの」
との発言があったらしい。
国の行く末を決める国会議員の中ですら、こんなに偏見に満ち溢れた発言がなされる世界で誰が種を残したいと思うのだろう。
私はデミロマンティックを自認していてセクシュアルは迷子だがアセクシュアルかデミセクシュアルのどちらかだと思っている。
アセクorデミセクの私は性的な行為にあまり興味がない。
興味がないというよりは少し恐怖を感じている。
なにに恐怖を感じているのかというと、
万が一の確率であっても性的な行為の先に妊娠する可能性があることが怖い。
十月十日かけてゆっくりと自分の体が変化していくことも怖いし、
いくら無痛分娩などが選べる時代になったからといって、鼻からスイカを出すようとたとえられるような痛みに襲われることも怖い。
1度妊娠してしまえば逃げる事が出来ない世の中が怖い。
女性として主体的に選べる避妊の方法は限られているし、アフターピルの薬局での販売の承認だって一進一退で進む気配はあまりみえない。
望まない妊娠をした場合だって、中絶するためには相手の男の同意を得ろと言われる。
どこにも相談できずに、1人で子供を産み落として死なせてしまえば責められるのは母になった女子だけだ。
仮に無事に出産できたとして、
今の世の中では女性として子育てと家事と仕事の両立を求められる。
少子化が深刻だと口では言いながら子育て世代への支援は十分だとはいいがたい。
偏見や差別に満ちた世界で人1人を大人になるまで責任もって育て上げる自信が私にはない。
多様性が認められない不寛容な国で誰が安心して生活できるのだろうか。
LGBTを認めることで国は少子化が進んでしまうと考えているようだが、
いったい何を根拠にそんなことを考えているのだろう。
少子化が進むのはこの世界の生きにくさが原因だ。
バブル崩壊後の失われた20年を含めて夢や希望を抱くことが難し世界になった。
今までの世界では幸せの象徴であった結婚・出産もちょっとした贅沢品になりかねない世の中だ。
若者が夢や希望を抱けない時代に子供が増えるわけがない。
何か原因があってLGBTになったわけではない。
急に出てきたのではなく、今まで無理やり見ないようにしていただけなのだ。
LGBTの人々の存在を認めたって世界は何も変わらない。
だって存在を認めていなかっただけで昔から世界にいたのだから。
すべての人間が好きな人と生きる事を望むと思われている世界で生きている、
好きな人がいない透明人間の独り言でした。